2017年3月8日、衆議院厚生労働委員会での参考人招致:川人博弁護士の意見陳述(文字起こし)

 弁護士の川人と申します。私は30年以上にわたり過労死の問題に取り組んでまいりました。また、電通の女性社員・高橋まつりさんのご遺族の代理人を現在勤めております。
 本日はこれらの経験に基づき長時間労働の規制について意見を述べたいと思います。

 わが国の長時間労働は二つの方法、手段によって発生していると思います。一つは非合法な労働時間隠しによってであります。もう一つは、36協定などによる合法的な手段によってであります。

 で、長時間労働を規制するためにはこの二つの問題に対する対策が必要であると考えます。

 まず、はじめに長時間労働の隠ぺいと言いますか、労働時間を隠すという問題について述べたいと思いますが、ほとんどの過労死の事案において実際の労働時間というのは、名目上の労働時間、会社が公認している労働時間と異なっているわけであります。

 高橋まつりさんの事件に関して言えば、会社は会社公認の残業時間としては1カ月70時間未満としていたわけであります。しかしながら実際には、労働基準監督署が認定した範囲でもですね、法定外の労働時間が100時間を超えていたということです。

 で、先日、ヤマト運輸がですね、全社的に、全国的に多くのサービス残業があったこと、不払い残業があったことを認めてですね、過去にさかのぼってそれを支払う、そういう方向を出しました。
 で、これはですね、不払い残業があったということは、言い換えるとですね、労働時間隠しが行われていたということでもあるわけですね。

 加えて、皆さん方に強調しておきたい点は、現在、中間管理職の時間外労働がとても厳しくなっているという報告を受けております。つまりですね、昨年秋以降の電通事件の報道等によって、中間管理職には早く新人を返すように指導しなさいと、こういうことが役員から指示が下りてくるわけです。

 その結果、どうなっているかというと、若い1年目の人、2年目の人は、とりあえず労働時間が減っているところもあるけれど、中間管理職、マネジャーのような立場の人たちの労働時間がとても増えているということがあります。

 問題はですね、なぜこういうことが起こるかというと、現在中間管理職に関して、多くの会社が労働基準法の41条の管理監督者の規定をですね、乱用して、誤って使って、残業を記録していないわけであります。残業手当を支払っていないわけですね。

 本来は労基法41条の管理監督者規定というのはごく一部の上級管理職にだけ適用されるべきものであります。判例でもそうなっています。それをですね、課長、さらには課長補佐まで適用しているということがあります。このような労働時間法規によって、現在は新任のみならず中間管理職も重要な過労死の脅威にさらされているとそのことを指摘しておきます。

 で、今月の、失礼しました。今年の1月20日に厚労省が使用者向けに労働時間の把握のための新しいガイドラインを策定しました。このガイドラインに沿ってですね、監督行政をぜひ実行してもらいたいと思うのですが、われわれの現場でやっている実感で言えば、あまりにも監督官の数が少ないということがあります。ぜひですね、監督官の大幅な増員も含めて、監督行政を実行あらしめる。そして、労働時間の的確な把握を進めていただきたい。そのように考えております。

 次に2番目に、先ほど申しました36協定など、合法的な手段による長時間労働について述べておきます。

 高橋まつりさんは一昨年の12月25日に亡くなりましたが、会社はですね、10月に徹夜を含む長時間労働で彼女が相当疲弊していたにもかかわらず、彼女の部署について、12月にはですね、36協定の特別条項を適用してですね、合法的な労働時間、長時間労働の枠を広げるという措置を取っていました。

 で、特別条項の問題とは別に、ご存じのように建設業や運輸業ではそもそも36協定の時間外労働に関する規定がまったくありません。私は、石油プラント工業で亡くなった24歳の青年の事件や、あるいはつい最近では、下水道関連の公共事業に従事した建設業の方々の事件を担当しましたけども、これらでですね、建設業においてなんらの36協定の上限規制がないというのはですね、いかに深刻な影響を与えているかということを痛感しております。この点もぜひ今回の法改正に向けての重要なテーマであるということをあらためて強調したいと思います。

 長時間労働をなくすためには、わたくしは、労働時間の絶対的な規制が不可欠であると思います。36協定など労使の協定にすべて委ねることが失敗だったことは、戦後の歴史の歴史、過労死の歴史が端的に示していると思います。

 で、この間、時間外労働の上限規制の法制化の議論の中で、規制が問題になっておりますが、問題は、規制の中身であります。特別条項で1カ月100時間という案を聞いたときに、私はわが耳を疑いました。まったく信じらんない数字が出てきたということであります。なぜならば、そもそも今から15年以上前の2001年に厚生労働省は、1カ月間に100時間の時間外労働があれば、これは過労死ラインとしてですね、原則として労災の適用になるということを明確に出したわけですね。もちろん医学的な根拠を含めて出したわけです。

 さらにいま議論されている中には、2か月間の平均で80時間が上限ということも出されているようですけれども、これまた平均80時間というのも、厚生労働省が過労死のラインとして設定している数字であるわけです。

 こうした100時間、80時間というレベルの上限規制の数字というのは、まったく納得できない、反対する立場であります。

 繁忙期には長時間労働もやむを得ない会社や業界もあるじゃないかという意見があります。しかし、繁忙期にある程度やむを得ないからと言って、なぜ100や80というレベルになるのか。そのような具体的な説明はまったくなされていません。そのような立法事実は提起されていません。

 月に100時間も残業しなければ、会社が倒産してしまうということなんでしょうか。そのような会社が本当にあるのか。さらに仮にあったとしても、人命よりも会社の存続を優先させていいのか。わたしは繁忙期の問題がテーマになる企業においては、経営者の方々にぜひ年間を通じた経営努力で改善を図っていただきたいと考えます。

 また、今は青天井だからまったく規制がないよりも100時間や80時間という規制でもあった方が良いではないか。つまり、よりましの議論が出ています。高橋さんの死亡の労災認定が明らかになって以降、昨年の秋以降、多くの企業で現行の36協定を各社が見直し、特別条項を使っても月80時間を超えないようにという流れが生まれてきております。電通では遺族との合意文書の中で、特別条項を適用しても月の法定労働時間、法定外労働時間は75時間以内にすると、そのような業務命令をするということをはっきりと約束しています。

このように、現に今、職場では100や80より少ない数字の特別条項で動いているわけであります。従って、なんだ100時間でもいいのかということになって、今回のもし、現在、いわれていますような、事務局案が通ればですね、それによって、状況が元通り戻ってしまうと、すなわち、よりマシな基準ではなく、むしろ今の時間短縮の中では、発生しているにもかかわらずですね、その時間短縮の流れを逆流させると、それが100時間、80時間の議論である。そのことを強調したいと思います。

 100時間を1カ月くらい働いても健康は大丈夫じゃないかという意見もあります。しかしながら、繁忙期に100時間というのは、いわゆるダラダラ残業なのではありません。会議中に眠ったり、あるいはぶらぶらしたりと、そんなようなことを行っている労働者はいないわけです。労働密度も当然濃い。さらにIT化によってですね、労働密度はますます濃くなっているわけですね。そういう中での80時間、100時間でありますから、当然のことながら、人体に対する極めて、深刻な影響も出るわけです。

 1カ月間辛抱したらいいじゃないかという意見がありますけれども、うつ病はですね、短期間に発生します。厚生労働省の委託研究でも月100時間の残業があれば、うつ病が急速に発症し、それが死に至る危険があると、こういったことが具体的に提起されているわけです。

 これらの点についてもぜひ、検討していただき、今回の上限規制の問題については、慎重にも慎重な議論を重ねですね、過労死ラインと言われる80100というものでないですね、もっと低いラインの上限規制を実現するように、議論をしていただきたい。そのことを強く訴えたいと思います。

 高度プロフェッショナル制度の問題について一言述べたいと思います。私が疑問なのは、高度プロフェッショナル制度と言いますが、果たして、長時間、労働時間規制も撤廃して、長時間働いたから、高度なプロの仕事ができるのかということです。人間の能力を発揮するために適度の睡眠時間の確保や休日の確保は当然の前提条件ではないでしょうか。

 どうも経営者の一部の方々は、目先の利益の確保をめざすあまり、正しい意味での労働能力の発揮、労働効率ということを忘れてしまって議論しているのではないか、そのように考える訳であります。

 最後に、夜勤交代制労働者につきましては、夜勤交代それ自体が、過重であるわけでありますから、上限規制自体、一般の労働者以上に残業の上限規制は厳しくなければならないと思います。


 この10年間で厚生労働省が、労災として認定しただけでも、過労死は約2000人に達しております。過労死をなくすことは国の責務であると。過労死防止法は宣言しました。どうか、国会、立法府におきましては、この異常な日本の職場を改革するために、長時間労働を解消し、過労死のない社会の実現のために、知恵を絞っていただきたい。そして、知恵を絞っていただき、適切な法律を制定していただきたい。心より訴える次第でございます。以上を持って私の発言を終わります。ありがとうございました。

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